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引用

もう少し、明確になろう。私にとって、教養のある人とは、人間が生まれる前の130億年もの長い歴史について知っている人であり、私たちの体と脳を含む、この世の物理世界と生物世界を司る基本的な法則について知っているような人である。教養のある人なら、農業時代から現代までの人間の歴史の時間軸について把握しているだろう。教養のある人なら、多様な人間の文化や 、それぞれの文化に住む人々が彼らの世界を理解するために作り上げた、主要な信念や価値観について触れているだろう。教養のある人なら、歴史上の有力な情報源、例えば今後繰り返しおこすべきでない歴史上の大失策について、知っているべきだろう。教養のある人なら、民主政治と法の背景にある原理を知っているべきだろう。教養のある人なら、フィクションやアートの世界を、美の追求を促してくれる源として、また人間としての条件の原動力として、感謝することができるだろう。
これらの知識に加えて、高等教育は合理性の習慣を、第二の本質としてとらえるべきだ。教養のある人ならば、複雑なアイディアを簡潔な文やスピーチにして表現できるようでなければならない。教養のある人ならば、客観性のある知識を貴重な産物として感謝できるようでならねばならないし、入念に調査された事実を、迷信、噂、世間一般の通説と見分けられるようにならねばならない。教養のある人ならば、知らない人なら陥りやすいような誤謬やバイアスを回避しながら、論理的に推論し、統計的に物事を考えられるようにならねばならない。教養のある人ならば、魔法のようにではなく、因果的に考えるようにならなければいけないし、因果関係を、相関関係や偶然と混同しない事がどれほど難しいか、知っていなければならない。教養のある人ならば、人間の、特に自分自身の弱さについて強く気づいていなければいけないし、自分に同意しない人々がバカで悪魔なんかじゃないという事に、感謝しなければならない。同じく、教養のある人なら、脅迫や非難によってではなく、説得で人々の考えを変えようとすることの価値に、感謝しなければならない。
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